東海道中あま栗毛
2002.9.17 (火)〜20(金)

大阪の平方の大道芸フェスティバルが終わった。
いろいろと反省しなければならないことが、多かった。
パフォーマンスのことはもちろんのこと、もっと当たり前な人間的なことというか、とにかくいろいろ。
いろいろと考えなくちゃならないことが、わいて出てきた。
もうすぐ終わる、僕のプロの大道芸人としてのわがまま通しの一年間。どう終えたらいいのか。僕は結局何がしたかったのか。目的は達成できたのか。

いろいろいろいろあるのに、なにひとつまとまらん。

困った。


だから、静岡まで歩いて帰ることにした。
歩きたくなったから、そうすることにした。
これは、仕方のないことだ。




なお、本文はとてもとても長いです。ほんとに長いです。
軽い気持ちで読み出すと後悔します。ご注意ください。


(1)
まず、大道芸の道具をクロネコヤマトで先に運んでもらうことにした。小さな引越し便とかいうやつで、¥2200くらいした。
手ぶらになったところで早速、この旅のスタートラインを決めることにした。
本屋で手に入れたのは、「歩く旅シリーズ 東海道を歩く」。
よし、東海道を歩こう。

これに決まった。

そうなるとスタート地点は、東海道の終点・三条大橋ということになる。
三条大橋は、その昔、京の入り口として旅人がいっぱい行き交っていたらしい。
この日、午前中は雨が降っていたが、僕がこのスタート地点に到着する頃に、ちょうどやんだ。
うん、これは素晴らしいことだな、と思った。
いい旅になりそうだ、と。


↑三条大橋のわきにたってる、弥次喜多像

そういえば、僕はこの日から四日後の土曜日に、静岡市の劇団らせん劇場の公演を見ることになっていて、
すでにチケットも持っていた。あまり、ゆっくりできない旅だった。でもまあ、四日もある。歩けばたどりつくだろう、と思っていた。

ばかだったなぁ


三条大橋を渡った先に、古本屋。
なんとなく立ち寄ってみる。そこで僕は、おもしろい本を見つけた。

「井伏鱒二 厄除け詩集」

知らなかった。井伏鱒二の詩集が存在したのか。詩人だとは思わなかった(知らなかった)ので、意外だった。
それなので、買った。
中をパラパラっと見てみると、ひとつ、目にとまる詩が。


        あの山

        あれは誰の山だ
        どっしりとした
        あの山は


あの山。
確かに厄除けだ。


(2)
そんなわけで三条大橋を出発して、いよいよ東海道巡りが始まった。
平安神宮とか、知恩院を無視して、東海道をひた歩いた。
途中、よくわからない赤レンガの古屋敷があった。幽霊が出そうだったので、これも無視した。

無心で歩いていて、ふと気がつくと山道に入っていた。
あれ、ここ東海道でいいのかな。とか思いながらも、とりあえず歩いた。


↑えらいこと工事中が多かったのさ。

早くも、体が不調を訴え始めた。足がおかしい。
なんでだろう、まだニ時間半ぐらいしか歩いていないのに、足がもうおかしい。
やっぱり、大道芸の仕事の後は、体も疲れているのだろうか。
これは困った。
しかしまだ止まるわけにはいかなかったので、このまま歩き続けた。
やがて、山を抜けて商店街めいたものが見えてきた。
御陵の商店街、らしい。
止まらずに歩いていると、山科の商店街、四ノ宮の商店街へと変わっていった。
途中で100円ショップを発見したので、立ち寄る。
ださーいデザインのウエストポーチを見つけたので、これを買う事にした。
さっそく装着。うん。これはださい。

長い商店街を越えると、国道1号線と161号線の分かれ目と、山が現れた。

←歩道橋から見た、ジャンクション。

それと同時に、滋賀県大津市に入ることを示すプレートも現れた。
これはつまり、僕にとっての初滋賀だ。よし。
深呼吸してから、突入。初滋賀に酔いしれた。
さあ、おなかがすいたし、そろそろ休憩しようかな。
大津、大津といえば滋賀県の県庁所在地。きっと、いろんなレストランがあるに違いない。


(3)
ところが大津に入ってからというものの、すっかりお店らしいお店は見かけなくなった。
あるのは、山と道。ときどき駅。
ここ、ほんとうに大津なのかな?不安。
雨が降ったり、やんだり。
そういえば、いちろうさんという僕の尊敬する芸人さんは、よく歩くそうだ。
歩くと集中力を養える、らしいのだ。集中する力。
僕はどうしたらいいかわからなかったけど、とにかく無心で歩くしかなかった。ほんとに何もなかったから。
しばらく進むと、いかにも怪しい建物が、森の中に見え隠れ。
石碑には、「明治天皇……碑」とか書いてあって、…のところは字はわからなかった。
たぶんむかしここに明治天皇が来た、ってことなんだろう。

←すごく、不思議な雰囲気の場所だった。明治天皇こんな所で何をしてたんだろう?

その怪しい建物を素通りして先に進むと、今度は、この場には不似合いと言えるほどの豪邸が現れた。
門のところには、「○○組 七代目総長……屋敷」と書いてあった。

・・・

うおっ!

僕は足早に立ち去った。

早くここから脱出しないと。何が起こるかわかったもんじゃない。
そんなこんなで1時間くらい歩き続け、ようやく大津の山道を抜けることが出来た。
おなかがすいたなぁ。

それからまたしばらく歩いた先に、俳人墓地があった。

←松尾芭蕉のお弟子さんたち十数人が、ここに眠っているみたいだ

俳人たちは亡くなった後でも、この状態ならずっと歌会が開けるのかな、とか思ったり。寂しくはないんだろうな。
そういえば、東海道を歩いていると、ところどころに芭蕉にまつわるお話に出くわした。
僕は芭蕉のことをよく知らないけど、きっと東海道をよく歩いた俳人だったんだろうな。

俳人墓地を越えると、ようやく街らしい雰囲気が少しずつ出始めてきた。
大津の街だ。
もう、ほんのちょっと北に行けば、琵琶湖だ。日本で一番でかい湖。まだ、僕は見た事がなかった。
行こうかどうか、迷ったけど…
とにかくおなかがすいていたので、夕ご飯を食べることにした。
JR石山駅の近くに、いろんなファーストフード店があり、ここで休んでいくことにした。
迷った挙句、カレー屋にした。
歩き始めてから、これが初めての休憩だった。7時間ほど歩き続けた。
足への負担は相当なものだった。いきなり歩き続けたから、足もさぞかしびっくりしたことだろう。
休憩してからわかること、いっぱいあった。足がこんなにも疲労してるとは。
再び歩き出すまでに、予想外の時間を必要とした。動かないから、ひたすらストレッチ。ああ、しんどい。
辺りは暗くなってきた。
でも、まだまだ先は長い。

大津宿を越えたら、次は草津宿。東海道の旅は、まだまだ続くんだよなぁ


(4)
草津に向けて、再び歩き出した。
足が、おかしい。まだ初日なのになぁ…。
途中、でっかい橋を渡る。この川の先にあるのは、琵琶湖。行くべきか否か、迷ったが…
もう夜が近づいていたことと、ゆっくりできる時間もないことを考えると、やっぱり寄るわけにも行かず。
そう、実はこの旅にはタイムリミットがあった。
四日後の土曜には、静岡市に戻らないと、ある演劇を見ることができない(すでにチケット所有)。
だから、あまり寄り道をしている余裕はなかった。

←結局、琵琶湖には行かず通り過ぎる。

大津・草津間は、それほど苦痛ではなかった。
すっかりあたりは暗くなったが、その方がなぜか落ち着いた。
国道一号線沿いにずっと歩いてきたが、この大津・草津あたりはわりと街だった。定番レストランもいっぱい見かけた。
そして草津に入ってから、初めての休憩。カレーを食べてから2時間後のことだ。
近くに南草津駅がある、でっかいゲーセンで休憩。ゆったりできるベンチがあったので、助かった。
10分くらい休んでからストレッチして、また歩き出した。
草津宿は東海道と中山道の分岐点らしく、昔はけっこう栄えていたらしい。
地図を見たかぎりでは、その追分ポイントがけっこう近そうだったので、ちょっとだけ寄る事に。
で、国1をそれて街を離れたのだが、これがよくなかった。
迷った。
夜の暗闇の中、知らない街の名所を探すというのは、なかなかスリルがあっておもしろかったが、迷っては世話なし。
暗いから明るい道をたどるしかないのだが、そうすることで、やがてアーケードに行き着いた。
店は軒並み閉店していたが、とりあえず明るいので助かった。
アーケードを越えた先に、草津宿本陣が。残念ながら、閉まっていた。当たり前か。
それからまもなく、目的の追分にたどり着いた。

←これが追分ポイントらしい。

これからまた国1に戻る必要があったが、これがたいへんだった。
方向がよくわからないので、ほとんどカンで歩いた。コンビニとかがあるわけでもないし、人もいない。
とにかく暗闇だったので余計に困惑。きた道を戻るのだけは嫌だったので、他の道を選んだ。
そしたら、明かりも何もない道に行き着いてしまった。
これは、やばいなと思った。
でも、やっぱり戻るのは嫌だったので、先に進んだ。
たまに車が通るので、その時に辺りの様子がちらーっとわかった。
どうやら、川沿いを歩いているらしかった。
ただ不思議なのは、川沿いなのに、川がないような…つまり、水がないような、そんな感じ。
さらに不思議なことに、この川の下を、大きな道路が通っていた。トンネルだ。
川の下に、トンネル?
僕は夢を見ているのか、きつねに化かされているのか。きつねか、きつねなのか。
しかも、その川の下のトンネルを通る道は、国1っぽかった。なんとなく。
おかしい。絶対におかしい。川が道の上を流れてるなんて、絶対おかしい。
おかしいんだけど、この時の僕は明るい道、広い道に飢えていたので、川?を下り、国1っぽい道路に出た。
やっぱり国1だった。
明るい道に出て、本当に安心した。生き返った気分だった。
国1沿いを再び歩きだした。途中、ジャストでお茶を買った。
国1はとにかく明るいから便利だったんだが、途中から歩道がなくなってしまった。
どうすりゃいいのさ…、て、止まるわけにもいかないので、また暗い道へ。
国1沿いに旧東海道がウネウネしているので、この旧東海道に沿っていくことにした。
道が暗い。旧東海道の入り口?に、「伊勢街道」と書かれた石碑があった。まさかこの道は伊勢まで続いてるのか?
ただ、この伊勢街道。ものすごいいい雰囲気で、まさにタイムスリップ夢気分だった。
家という家が、なんかお屋敷っぽくて、明かりも明るすぎず、ぽわぁっという感じ。これこそ江戸時代の夜に違いないと勝手に思った。
この雰囲気がけっこう長いこと続くから奇妙だ。中に住んでる人も着物とか着てそう。
伊勢街道の途中に、小さな神社。暗くて見づらかったが、ここにも「明治天皇・・・・・・・碑」があった。明治天皇は旅好きだったのかな。
暗い道に始まって、暗い道に終わる。草津は、そんな思い出。


(5)
草津宿の次は、石部宿。
正直な話、草津と石部の境目がよくわからなかったが、石部に入ってからは足に激痛。もう、これだけ。
ずっとずっと、足が痛かった。もしかして、伊勢街道のどこかで呪われたか?と思うくらい、足が突然苦しくなった。
栗東町役場と反対側の道をまっすぐ進み、国1に舞い戻った。
しかし、国1はさっきまでの国1ではなくなっていて、お店らしいお店もなく、明かりすら乏しい普通の夜道と化していた。
これはやばいな、とまた思った。足が痛くて歩く速度も激減。休む場所もないし、休んだら休んだで夜風で震える体。
そう、寒かった。むちゃくちゃ寒かったので止まるのがかえって怖いという怪心境。
しかし、この体の震えは…ただ寒いからだけじゃなさそうだった。

「風邪ひいちゃった」

ああ、参った。これは本当にやばい。ほんとに呪われたんじゃないのかと思ったぐらい突然、自覚症状。
はぁ…。
とりあえず、休めるところまで歩くしかないので、歩き続けた。
この時間帯、国1のところどころで道路工事が。そのおかげで、道が明るくて助かった。
この道、国1、車が通らないと真っ暗。信じられない。本当に国1なのか。
それなので、慎重に歩かないと、思わぬワナに引っかかる。例えば、歩道にはみ出した大木。
車が通らなかったら見えなかったので正面衝突していた。そうなっていたら相当まぬけな絵になったと思われる。
一番危なかったのは、下が突然、小川というシーン。歩道を歩いていたはずが、歩道がなくなり、かわりに小川。
落ちたらやばかったな、あれは。あれも車が通ったおかげでわかった。あぶないあぶない。
そんなこんなで、ようやくたどりついたのはセブンイレブン。オアシスとは、こういうものをいうのだろうなと感じた。
さあ、薬を買うぞ!
と思ったら
売ってないことに気がついた。

しまった。

シップもサポーターもなかった。
そうか。そりゃそうだ。
でも、どうしよう。体の疲労は相当なものだった。とにかく、ストレッチ。
しかし、休んでいるとすぐに体が冷えてしまい、震えが止まらなくなった。

「参ったな、これは。」

歩いて帰ろうと思ったこと、ここで初めて後悔した。やっぱり、ただのバカだなこれは、と。
再び歩き出そうにも、足がコチコチで、なかなかたいへん。激しい筋肉痛と、体の震えが常につきまとうようになっていた。
なかなかセブンイレブンから、出発することができなかった。菓子パンとジューCを買って、食べた。
今度、コンビニに出会えるのはいつになるのだろうと、考えると恐ろしかったりした。
でも、ここで野宿したら間違いなく凍え死んでしまうので、歩くしかなかった。
しかし、体が動かない。カチコチ。

とにかく、凍えた体を暖める必要があったので、レインコートを買い、早速身に付けた。
しかし動かない体。とても歩けそうになかった。
ん、そうか、まてよ…

「歩けないなら、走るか!」

走ることにした。
いざ、脱出!石部宿。甲賀地方。

走り出すと、爽快だった。ああ、始めから走ればよかったんだ!このとき心からそう思った。
途中、非常に興味深いお店が目に入った。

「三雲の郷 忍術うどん」

え!忍術うどん?!なんじゃそれ!
ぜひとも食べたかったが、残念ながら店は閉まっていた。夜ももう遅かったので仕方がない。
走り出してから30分がたった頃、ガストが目に入った。
24時間営業…かと思ったら、朝4時までの営業だった。んー。あまりゆっくりできないかも…というわけで8秒くらい迷ってから通過した。
さらに30分くらい走ったところで、ラーメン屋・天下一品を発見した。
天下一品のラーメン…、ここで食べないと、もうしばらく食べることはなさそうだな…
というわけで、立ち寄ることにした。
ガラガラの駐車場で、暖まった体のままストレッチ。
それからラーメンを食べたら、足がつった。あれ?ストレッチしたのにな…。
しかも、食べたラーメンのまずいことまずいこと。気持ちが悪くなった。
あれ、なんで食べられないんだ?とか思いながら、けっきょく残してしまった。好きなのになぁ…。
必要以上にゆっくりダラダラしてから店を出た。
さあ、走るか…って時に、…あれ?

「足がまた動かない。」

走ったのがよくなかったのだろう。足の具合はかなり悪化していた。しかも体の震えも倍増していた。
はぁ…。一日目にして、途方にくれた。

よし、歩くぞ。歩いてやる!
というわけで、足をひきずりながら、とにかく歩くことにした。
そして、横田橋。
体がなかなか暖まらないので、歌を歌うことにした。

「あべのかーわーせーのー、みずーすーみーてー…」

段々、歌声のボリュームも遠慮がなくなってきて、最終的にはめちゃくちゃ大声で歌っていたと思う。
そんなときに、後ろから自転車の2人組に抜かされた。
その二人組は、何度も何度も、僕の方を振り返った。橋から落ちるぞ、危ないぞ、とか思ったが、無事だった。
そのときの僕の格好は、雨も降ってないのにレインコートを着てたりしてて、たぶんそうとう怪しい人物だったと思われる。
ごめんなさい。

横田橋を渡りきったところに、

「この先 歩道は通行止」

という看板が立っていた。
他に道がなかったので、仕方なく侵入。さっきの自転車2人組も通っていったし、まあいいだろう。
石部宿は、そんなこんなで無事?に通り抜けることが出来た。



(6)
石部宿の次は、水口宿だ。
とりあえず僕は休憩がしたかったのだが、
それからしばらく、果てしない大平原が続いたのでそれは無理だった。
国道一号線以外、ほんとになにもなかった。
たまにガソリンスタンドがあったりしたが、基本的に真っ暗な道。
それから、どのくらい歩き続けたのか、正直な話あまり覚えていないが、
AM3:00過ぎのこと。
24時間営業のガストが、目の前に現れた。
僕は迷わず、ガストに入った。

僕「ドリンクバーとコールスロー」
店の人「かしこまりました」
僕「それとあの、ここで寝てもいいですか?」
店の人「おやめください」

みたいな会話が交わされた。

ああ、聞かなきゃ良かった。聞かないで、そっと眠ればよかったと後悔した。
ドリンクバーということで、全ての紅茶を飲むことにした。全部で20種類くらいあった。
それからコーラと、ホットコーヒー。

その間、ずっと、ストレッチ。飲みながら、ストレッチ。
あまり目立たないように行動したつもりだが、
足を引きずって歩いていたし、何度もドリンクバーと席とを往復していたので、目立ってしまった。
なんか、こんな客がいたらヤダよな…と、店の人の気持ちになってみた。
よし、追加注文だ!

僕「冷やっこと、温泉たまご」
店の人「かしこまりました」
僕「それとあの、ゆっくりしていっても、いいですか?」
店の人「はい。ごゆっくりどうぞ」

言ったな?
今、ごゆっくりどうぞ、と言ったな?
よし、ごゆっくりしていくぞ!

開き直ってからは、楽だった。

結局、ガストで宿泊はかなわなかったが、足の痛みを和らげることに成功した。
2時間、ストレッチし続けて、よかった。
ありがとう、ガスト。ドリンクバー。

そして僕は、再び歩き出した。

足はだいぶ、楽になったが、僕はガストで休みながら、ずっとあることを考えていた。

「このままじゃ、間に合わん」

土曜日の公演は、なんとしても見たいものだったので、歩くことよりも、間に合うことの方が大事だ。

「よし、電車で帰ろう!」

開き直ってからは、楽だった。

ここで電車に乗らないと、鈴鹿峠あたりまで行くと、電車すら通っていない。逃げ道がなくなってしまうのである。
この足の状態、体の状態を考えて、歩き続けるのはどう考えても無理だった。
地図を調べる。一番近い駅は…

「近江鉄道本線の、水口駅だ!」

というわけで、僕は水口駅へ向かった。

←日の出。水口駅に向かう途中だった。

国道1号線というのは、歩行者に不親切なのかな。
歩いていて、またまた、歩道がなくなってしまった。
困った。
これじゃ、もし歩き続けるつもりだったら、途方にくれていたな、と思う。
わき道もなさそうだったから。

旧東海道も、どこだかわからなくなっていた。
僕の買った本が、アバウトな本で、地図もかなり適当だったのがよくなかったのかもしれない。
(この本に興味のある方。静岡市内某所にて無料公開中です。)

なんとなく、たぶんこっちだろうという感覚で、また歩き出すしかなかった。
駅の近くにいけば、たぶん何か標識とか出てくるだろう。
という考えは甘かった。
標識はなかった。地元の人しかわからんだろう、こんなの、というようなところに駅…と思われる建物を発見した。
しかし、この駅は…

「水口松尾駅?あれ、水口駅ではないのか?」

どこかで道を間違えたのか…、というか、間違える元の道自体がよくわからないので、仕方ないことかもしれないが…
駅構内の、案内図を見る。

「ない!」

驚くべきことに、水口駅なる駅は、その案内図には存在していなかった。
間違いなく、近江鉄道本線であるようだった。しかし、地図に表示してある水口駅は、どこにも存在していない模様。

「…だまされた…」

別にだまされたもなにもないが、このとき、こうつぶやいたのを、妙に覚えている。

始発はAM6:13。
もう、すぐ。
こんなに朝早いのに、高校生が数人、駅で電車を待っている。
滋賀県の高校生は、早起きだなぁ…。

電車がきた。
電車に乗り、座った。
ああ…、疲れた。
このまま、眠りにつきそうだったが、なんとなく、外の風景に見とれて、眠れなかった。
そうか…ここなら、忍者がいても、おかしくないよな、と思いながら。

←近江鉄道本線は、こんな雰囲気の田園地帯を延々と走り続ける

近江鉄道本線の終点(?)、貴生川駅。すぐに到着した。
ここからが、たいへんだった。また、足が痛み出したのだ。階段の上り下りが、ほんとうに、ほんとうに苦しい。
やっとの思いで、路線案内図のところまで来た。

乗り換える必要があった。
ただ、この辺の記憶が、ほとんどなく。
とにかく覚えているのは、眠くて仕方がない、ということだけ。

僕は、なんとか、ぼーっとした頭のまま、JR草津線に乗り換えたようだった。
その証拠に、パッと気がつくと、満員電車の中だった。あれ、いつの間に電車に乗ったんだろう、と思って怖くなった。
そのときは、自分が何線に乗って、どこに向かっているのかわからなかったので、混乱した。

「これは、いかん!」

僕は焦った。

超満員電車(おんなじ制服を着た高校生がひっちゃかめっちゃか)だったので、なんとか脱出したかった。
どこに向かっているのかわからないので、停車した駅に、慌てておりた。

「ここは、どこ?」

走り去る電車を見た。
電車には、名古屋という文字が。

「名古屋行きだったのか!しまった、おりなきゃよかった!」

そして、僕がおりたった駅だが…

「…四日市、…?」

こうして僕は、電車という やらせ手段により、水口宿から、土山、坂下、関、亀山、庄野、石薬師宿を一気に通過し、四日市までやってきた。
前半一番の難所と考えていた、坂下宿・鈴鹿峠。電車で回避成功。


(7)
JR四日市駅。近鉄の方なら来たことがあったが、JRの方は初めてだった。

←JR四日市駅の前の通り、真ん中に広い公園があった

電車で ズルを続けることも考えた。
でも、この四日市でおりてしまったということに何か意味があるのかもしれないと思い、
また、ここから歩き出すことにした。
四日市といえば、ちょうど一年近く前の2001年秋、ダブルチキン時代、ひこさんに誘われて行った初めての愛知・三重遠征のときに、大道芸をしたことがあった。
その後にも一度、四日市のお祭りで大道芸をしたことがあった。
まったく知らない街ではなかったので、
近鉄方面に向かうにつれて、懐かしい思いが込み上げてきた。
このとき、AM8:00。
ジャスコが、完全になくなっていた。僕が前に行ったときは、閉店セールをしていた。
建物ごとなくなっていたりして、ちょっと寂しい気分になってしまった。
大道芸をした、おもちゃ屋ぺんぎん前に来た。
ぺんぎんの主人、いるかなぁ…と思ったら、臨時休業の張り紙。
ちょうど、お休みの日だったらしい。朝も早かったので、しょうがない。

←街道文化村。朝早くて閉まってた。ここに泊めてもらったこともあった。

街道文化村に寄ってみた。しかし、ここも閉まっていた。
お世話になったバースさんに、挨拶だけでもしたかったけれど…仕方がないか。
時間もないので、先を急ぐことに。
そう。電車を使ったとはいえ、まだ名古屋にすら到着していない。
間に合わない状況に変わりはなかった。
このまま歩いたら、絶対に間に合わない。
でも、ギリギリまで、歩くんだー!と、このときは決意していた。
ただ、歩くスピードが確実に遅くなっていたのが気になったが…。
とにかく歩いた。国道1号線。

途中、ampmで休憩。パーフェクトプラスを買って、食べた。これが朝食。ちょっと遅かったけど。

足がまた痛み出す。
もう勘弁してちょうだい、という気分。

駅の近くを通るたびに、何度も何度も電車に乗ろうという衝動にかられた。
つくづく弱い人間だなぁ、と、自分。
僕の歩いていた道は、国道1号線、旧東海道、関西本線が近接した道で、基本的に国1に沿うかたち。
今日中に、なんとか名古屋までたどりつきたかったが、スピードの落ち込みはひどいものだった。

今度はマクドナルドで休憩。ハンバーガーとお水。
来た道を、地図で確認。

「うわっ、まだこれだけしか進んでない。名古屋どころか、桑名もほど遠い…」

まだ4時間しか歩いてないのに、地図を見ただけでめまい。
無理だ、ぜったいに、無理だ。
さらにマクドナルドから出るとき、足の指がおかしいことに気づいた。

「マメがいっぱいできてる!」
「しかもほとんどつぶれてる!」

不思議なもので、マメがつぶれていることに気づいてしまうと、
歩いていても、そのことばっかり気になってしまう。
歩く旅に大切なもの、それは足だ。僕はこの時はいていた靴からあることを学んだ。
「これからはウォーキングに適した靴をはこう。」
小さくて窮屈なルコックの靴。雑誌で見たこの靴の売り文句は「歩いても疲れない靴」

「…だまされた…」

目の前には、近鉄名古屋線の、とある駅。

「そ、そうだ、電車がある!」

しかし、駅の手前で思いとどまった。
マメがつぶれたからといって、このまま電車に乗ってしまったら、僕はもう終わりだ。
いや、旅の終わりだ。
そう思うことで、電車の誘惑を振り払った。

「桑名、桑名、桑名…」

僕はこの辺りから、うわ言で桑名、桑名と言うようになっていた。
桑名までは、歩く。ぜったいに歩く。
でも、マメ。でも、歩く。でも、マメ。でも、歩く。でも、マメ…

あー、マメ。

PM2:00。
サークルKで、水分補給。買ったのは、白ぶどうジュース。
ルコックのだまし靴を脱いで、マメたちと向き合った。

「ごめんよ、足…ずっと歩き続けて、ごめんよ。」

それからウソ靴を履きなおし、僕はまた歩き出した。
どんぶらこ、どっこいしょ。
まだまだ先は見えません。

うわ言を重ねながら、スピードを落としながらも、少しずつ、一歩ずつ前へと進んだ。
道を間違え、ときどき戻った。

どんぶらこ、どっこいしょマメ。
どんどんマメぱふぱふ。
どーどー、マメどーどー。
どいつぶるがりあぽーらんどマメうくらいな。
ががー。マメ。

そんな感じで歩き続けて…

やっとのやっと、四日市宿を、脱出できそうなところまで、来た。
桑名が目前に迫っていた。
僕の足(マメ)も、限界に達していた。




そして、キートン山田が言った。

「後半へつづく。」


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